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レベルではなく嗜好性の違いと捉えてみてはどうか

自分の場合、他の多くのエンジニアと違い、学部で数字をゴリゴリ使った研究をすることはないだろう。
そのせいか、研究をしている人に対して劣等感を感じてしまうことが度々ある。
それは、自分が研究「できない」レベルにいる、という発想から生まれているのではないか、と思った。
そこで、自分が数字をゴリゴリ使って研究を「しない」嗜好性を持っている、と捉えてはどうか。
無駄な劣等感を持つよりかは平和ではないか。

この、レベルではなく嗜好性の違いという発想は、文系理系だけではなく他の様々にも応用できる。
体育系であること、文化系であること。
起業すること、社員として働くこと。
ベンチャーで働くこと、大企業で働くこと。
国内にいること、海外にいること。

ただ、環境や貧富など、嗜好性ではごまかしきれない違いが社会には存在する。
だからレベルの争いはやめられないのだろう。
完全にやめることは無理だとしても、無駄に消耗しないために、この考え方を頭の隅に常に置いておきたい。
逆にいうと、この考え方を持たなければ終わりなき闘争に人生を費やしてしまうのではないか。

3/6 追記
上位互換を許せず生きていると感じる
全てを経験したいという欲がある